2012年02月12日
日本の政府は沖縄を差別しているのか?
ここで再び普天間移設の話題をば…。
1.岩国の協議否定 外相ら さらなる負担増回避(2012/2/8)
2.在沖米海兵隊の国内分散否定 防衛省幹部(2012/2/11)
★地元の意向を重視する日本政府(ただし、沖縄は除く)
まず、1の記事についてです。前回にも書いたとおり、アメリカの方では辺野古移設を断念するかもとのことですが、さらに在沖米海兵隊の一部を山口県の岩国に移転しようかとも打診していたらしいです。これに対し、玄葉外相は「協議はしていない」とした上で「一般論として、(沖縄の)負担軽減の意味で、国外(移転)という面と、全国で負担を分かち合う意味と両面ある」と述べ、沖縄だけに負担を集中させず、国内で負担を分担することも重要だとの考えを示したらしいです。
一方で田中防衛相は「最終的には地域の方々のご理解が得られなければならない。地域の皆さんとの連携は大事だ」と述べ、地元(岩国)の反発が強い場合は移転に応じられないとの認識を示したそうです。
続いて2の記事についてです。防衛省幹部が、在沖海兵隊の岩国移転について、日本側からそれを米側に提案することはない、と断言しています。
★普天間移設問題の経緯
さてここでこの普天間移設をめぐるこれまでの経緯を大雑把に振り返ってみると、以下のとおりになるはずです(間違えてたら教えてください)。
・1995年9月4日に米兵による少女暴行事件が起きる。
・「危険性除去」という観点から普天間移設が取り上げられる。
・1996年12月のSACO合意により、普天間基地の県内かつ海上への移設が決まる。辺野古に移すことになる。以後、大田知事(当時)のもと、橋本総理(当時)の理解もあり、経済振興と基地移設の話が進む。
・名護市の住民投票による移設反対の結果を受けて、名護市長選の直前である1998年2月6日に大田知事が、まさかの県内移設拒否表明。経済振興策もストップ。いわゆる県政不況へ。
・1998年の県知事選で、大田を破り稲嶺知事が誕生。15年の使用期限、軍民共用の空港をつくるとかの条件をつけて、辺野古沖への海上ヘリポート建設への手続きが進んでいく。地元市町村への同意や環境アセスとかの手続きも進んでいたが、実際の現場は反対派の活動による抵抗が激しかった。
・2005年頃の日米安全保障協議会で、突然に日本側はシュワブ陸上案、米側は浅瀬案を主張するようになる。
・2006年5月、日米共同発表及び米現再編実施のためのロードマップで、L字型のシュワブ沿岸案が合意される。SACO合意はなくなる。沖縄県側は突然の変更に反発するが、政府は強引にすすめていく。
・沖縄県側としては、沿岸案は辺野古集落との距離が海上案よりも近くなるため、移設をできるだけ沖合にずらすとか、飛行経路を確認するとかいろいろやっている中で、2009年民主党政権が誕生する。
・鳩山政権(当時)のもと県外移設が模索されるが失敗。沖縄県側は移設容認の意思決定が不可能な状況に追い込まれ、県外移設で固まる。
大体以上のような感じで、普天間移設の経緯は語れるはずです。そしてここで注目したいのは2006年の、在日米軍再編ロードマップについてです。
稲嶺知事誕生後、普天間移設は海上案で進んでいたのですが、実際には反対派の違法すらいとわない抗議活動により事態は硬直していました。そしてこの時期には政府側もこの抗議活動に参っていて、県外移設への道も模索していたようなのですが、それは結局無駄でした。そして反対派の抗議活動が及ばないシュワブ陸上案を日本政府は主張するわけです。一方で米政府側は実際の運用面を考えて浅瀬案を主張していました。そして両者が折衷した形で、沿岸案に落ち着くわけです。
沖縄側からすると苦労のすえに合意をかき集めた海上案を突然反故にされたわけです(移設の事業主は防衛庁であり、反対派の抵抗は彼らが対処すべき事態です)。そしてそれを受け入れるよう頭ごなしに沖縄に接してきたわけです。日米ロードマップ合意以前に、おそらくは地元の反発にあって内地への県外移設を断念した政府が、沖縄に対しては強引に県内移設を求めてきたという形になります。
★日本政府は沖縄を差別しているのか?
このような経緯を踏まえて1の記事を見てみましょう。田中防衛相は「最終的には地域の方々のご理解が得られなければならない。地域の皆さんとの連携は大事だ」と述べ、地元(岩国)の反発が強い場合は移転に応じられないとの認識を示したそうです。そのくせに、政府は普天間の県内移設をすすめる方針なのです。防衛相の示した論理は沖縄には適用されないのでしょうか。
県内移設すべきか否かの話になると、今までは沖縄の軍事的価値の重要さが一つの論点になっていました。そして日本政府は沖縄の位置の重要さを説きながら、心苦しくも県内移設をすすめるという話をしていたはずです。しかし今回、当の米軍側からある程度の県外移転の打診がなされたという事実は沖縄の軍事的価値という論理を弱めます。そうであるならば、軍事的価値という仕方のない事情で心苦しくも県内移設を求めてきていたはずの政府としては県外移設を進めてもよさそうなものです。しかし実際には、地元(岩国)の反発を理由に「移転には応じられない」との認識を示しました。
ほほう、この展開は何か変ではないか。
政府「県外にしたいけど抑止力とか日米関係とかあるから沖縄に移設する」
↓
沖縄「過重負担だ、反対!」
↓
政府「まあそう言わずに。いろいろ見返りもあるから(頑張って地元を説得しなきゃ!)」
↓
アメリカ「いくらか岩国に移転してもいいよ、その方が運用しやすそうだし」
↓
岩国「過重負担だ、反対!」
↓
政府「わかった。じゃあ沖縄でいいや」
沖縄に対しては強引な手法を使ってでも移設を進めようとするのに、岩国に対してはまともな説得もしようとしないのはどういうことなのか。基地の過重負担という点では沖縄がずば抜けているはずだ。その負担を軽くするチャンスが到来しても政府は沖縄への移設を進めようとする。これが構造的差別ってやつなのだろうか。沖縄はやり込めやすい相手だとも思っているのだろうか。沖縄の人の生活は岩国よりも軽視してしかるべきものである、とでも政府は思っているのだろうか。
そんな疑念が頭をよぎった今日この頃でした。
1.岩国の協議否定 外相ら さらなる負担増回避(2012/2/8)
2.在沖米海兵隊の国内分散否定 防衛省幹部(2012/2/11)
★地元の意向を重視する日本政府(ただし、沖縄は除く)
まず、1の記事についてです。前回にも書いたとおり、アメリカの方では辺野古移設を断念するかもとのことですが、さらに在沖米海兵隊の一部を山口県の岩国に移転しようかとも打診していたらしいです。これに対し、玄葉外相は「協議はしていない」とした上で「一般論として、(沖縄の)負担軽減の意味で、国外(移転)という面と、全国で負担を分かち合う意味と両面ある」と述べ、沖縄だけに負担を集中させず、国内で負担を分担することも重要だとの考えを示したらしいです。
一方で田中防衛相は「最終的には地域の方々のご理解が得られなければならない。地域の皆さんとの連携は大事だ」と述べ、地元(岩国)の反発が強い場合は移転に応じられないとの認識を示したそうです。
続いて2の記事についてです。防衛省幹部が、在沖海兵隊の岩国移転について、日本側からそれを米側に提案することはない、と断言しています。
★普天間移設問題の経緯
さてここでこの普天間移設をめぐるこれまでの経緯を大雑把に振り返ってみると、以下のとおりになるはずです(間違えてたら教えてください)。
・1995年9月4日に米兵による少女暴行事件が起きる。
・「危険性除去」という観点から普天間移設が取り上げられる。
・1996年12月のSACO合意により、普天間基地の県内かつ海上への移設が決まる。辺野古に移すことになる。以後、大田知事(当時)のもと、橋本総理(当時)の理解もあり、経済振興と基地移設の話が進む。
・名護市の住民投票による移設反対の結果を受けて、名護市長選の直前である1998年2月6日に大田知事が、まさかの県内移設拒否表明。経済振興策もストップ。いわゆる県政不況へ。
・1998年の県知事選で、大田を破り稲嶺知事が誕生。15年の使用期限、軍民共用の空港をつくるとかの条件をつけて、辺野古沖への海上ヘリポート建設への手続きが進んでいく。地元市町村への同意や環境アセスとかの手続きも進んでいたが、実際の現場は反対派の活動による抵抗が激しかった。
・2005年頃の日米安全保障協議会で、突然に日本側はシュワブ陸上案、米側は浅瀬案を主張するようになる。
・2006年5月、日米共同発表及び米現再編実施のためのロードマップで、L字型のシュワブ沿岸案が合意される。SACO合意はなくなる。沖縄県側は突然の変更に反発するが、政府は強引にすすめていく。
・沖縄県側としては、沿岸案は辺野古集落との距離が海上案よりも近くなるため、移設をできるだけ沖合にずらすとか、飛行経路を確認するとかいろいろやっている中で、2009年民主党政権が誕生する。
・鳩山政権(当時)のもと県外移設が模索されるが失敗。沖縄県側は移設容認の意思決定が不可能な状況に追い込まれ、県外移設で固まる。
大体以上のような感じで、普天間移設の経緯は語れるはずです。そしてここで注目したいのは2006年の、在日米軍再編ロードマップについてです。
稲嶺知事誕生後、普天間移設は海上案で進んでいたのですが、実際には反対派の違法すらいとわない抗議活動により事態は硬直していました。そしてこの時期には政府側もこの抗議活動に参っていて、県外移設への道も模索していたようなのですが、それは結局無駄でした。そして反対派の抗議活動が及ばないシュワブ陸上案を日本政府は主張するわけです。一方で米政府側は実際の運用面を考えて浅瀬案を主張していました。そして両者が折衷した形で、沿岸案に落ち着くわけです。
沖縄側からすると苦労のすえに合意をかき集めた海上案を突然反故にされたわけです(移設の事業主は防衛庁であり、反対派の抵抗は彼らが対処すべき事態です)。そしてそれを受け入れるよう頭ごなしに沖縄に接してきたわけです。日米ロードマップ合意以前に、おそらくは地元の反発にあって内地への県外移設を断念した政府が、沖縄に対しては強引に県内移設を求めてきたという形になります。
★日本政府は沖縄を差別しているのか?
このような経緯を踏まえて1の記事を見てみましょう。田中防衛相は「最終的には地域の方々のご理解が得られなければならない。地域の皆さんとの連携は大事だ」と述べ、地元(岩国)の反発が強い場合は移転に応じられないとの認識を示したそうです。そのくせに、政府は普天間の県内移設をすすめる方針なのです。防衛相の示した論理は沖縄には適用されないのでしょうか。
県内移設すべきか否かの話になると、今までは沖縄の軍事的価値の重要さが一つの論点になっていました。そして日本政府は沖縄の位置の重要さを説きながら、心苦しくも県内移設をすすめるという話をしていたはずです。しかし今回、当の米軍側からある程度の県外移転の打診がなされたという事実は沖縄の軍事的価値という論理を弱めます。そうであるならば、軍事的価値という仕方のない事情で心苦しくも県内移設を求めてきていたはずの政府としては県外移設を進めてもよさそうなものです。しかし実際には、地元(岩国)の反発を理由に「移転には応じられない」との認識を示しました。
ほほう、この展開は何か変ではないか。
政府「県外にしたいけど抑止力とか日米関係とかあるから沖縄に移設する」
↓
沖縄「過重負担だ、反対!」
↓
政府「まあそう言わずに。いろいろ見返りもあるから(頑張って地元を説得しなきゃ!)」
↓
アメリカ「いくらか岩国に移転してもいいよ、その方が運用しやすそうだし」
↓
岩国「過重負担だ、反対!」
↓
政府「わかった。じゃあ沖縄でいいや」
沖縄に対しては強引な手法を使ってでも移設を進めようとするのに、岩国に対してはまともな説得もしようとしないのはどういうことなのか。基地の過重負担という点では沖縄がずば抜けているはずだ。その負担を軽くするチャンスが到来しても政府は沖縄への移設を進めようとする。これが構造的差別ってやつなのだろうか。沖縄はやり込めやすい相手だとも思っているのだろうか。沖縄の人の生活は岩国よりも軽視してしかるべきものである、とでも政府は思っているのだろうか。
そんな疑念が頭をよぎった今日この頃でした。
この記事へのトラックバックURL
http://papapa.ti-da.net/t3730708

